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物語・人物

京都の老舗料亭、世代交代の作法

※本記事は公開情報(公式サイト・公開インタビュー・報道・事典類)をもとに再構成している。人物・料亭の歴史は公開事実に基づき実名で記したが、リードの朝の店頭描写は複数の老舗に共通する光景を一般化したものであり、特定の一日の事実ではない。確認できない逸話・内幕は記していない。

夜明け前の京都、老舗料亭の勝手口に明かりがともる。冷えた石畳を踏み、若い料理人が火を入れ、だしをひく。鰹節の香りが、廊下に流れる。当主がさりげなく勝手をめぐり、今日の仕入れを確かめる。百年を超える店も、始まりは一杯のだし、一皿の米だ。京都の老舗料亭は、何世代にもわたってこの朝の支度を繰り返してきた。何が受け継がれ、何が更新されるのか。世代交代という「作法」に、長期存続の鍵がある。

事実の枠組み

京都には100年以上の歴史を持つ企業・店が多く、料亭もその一部である。本記事では、公開インタビューのある二軒、菊乃井と瓢亭を中心に、確認できる範囲で世代交代の作法を読む。

菊乃井は大正元年(1912年)に料理屋として創業したとされる。京都・東山に約千坪の敷地を構える名料亭で、屋号は名水「菊水の井」にちなむとされる。三代目主人の村田吉弘氏(1951年生)は、ミシュランガイド三つ星を長く維持し、NPO法人日本料理アカデミー理事長を務める(出典: Wikipedia、maff.export-hr)。

瓢亭は、約400年前に南禅寺境内で茶屋として創業したとされる。南禅寺総門外の腰掛茶屋として始まり、天保8年(1837年)より料理屋となったとされる。名物「瓢亭玉子(半熟卵)」や夏の「朝がゆ」で知られ、十五代目当主・髙橋義弘氏(1974年生)が受け継ぐ(出典: hyotei.co.jp、Wikipedia)。

本記事はこれら公開情報をもとに、「繋ぐ」という営みの設計を読み解く。

物語の核

瓢亭―「型」を、人ではなく場で伝える

瓢亭の十五代目・髙橋義弘氏は1974年、十四代主人・髙橋英一氏の子として生まれた。東京の大学を卒業後、石川・金沢の老舗で修業し、父のもとで経験を積んで2015年に十五代当主となった(出典: dinos.co.jp インタビュー)。

髙橋氏は、400年余りの伝統を受け継ぐという決意を胸に、時代の変化を受け入れる姿勢を語る。「父だけでなく、店のすべての人に育てられた」からそう思えるという趣旨の言葉を残している(出典: dinos.co.jp)。蕎麦切りやだし、鰹節をひく作業の香りという「型」は、一人の名人ではなく、店という場全体で伝えられる。

名物「朝がゆ」や「瓢亭玉子」は、幕末の出版物『花洛名勝図会』にも記されたとされる古い譜だ(出典: Wikipedia)。定番を守りつつ、茶懐石の仕込みを現代に合わせて更新していく。「不易流行」という京料理の思想が、承継の言語になっている。

菊乃井―「守る」ために「外へ出る」

菊乃井の村田吉弘氏の足跡は、老舗の承継が「閉じて守る」だけではないことを示す。村田氏は立命館大学在学中にフランス料理修業のため渡仏し、名古屋の料亭で修業してから1976年に実家に戻ったとされる(出典: Wikipedia)。

その村田氏は2004年に「日本料理アカデミー」を設立し、2013年の「和食」のユネスコ無形文化遺産登録に尽力した中心人物の一人とされる(出典: Wikipedia、複数インタビュー)。一軒の料亭を守るために、和食という業界全体の価値を高める。この「外へ出る」発想が、老舗の生き残り方の一つの型を示している。

「伝統とは革新の連続」という姿勢

村田氏は、伝統を静止したものとしてではなく、生きた更新の連続として語ってきた。日本経済新聞のインタビューでは、和食が評価された理由を「1月1日の午前中に、日本国民みんなが雑煮を食べることです」とし、行事と食の関わりに求めている(出典: nikkei.com)。料理そのものだけでなく、それを支える文化の文脈を繋ぐという視点である。

また村田氏は、日本料理を「盆栽ではなく大木にすべき」という趣旨の考えを示してきたとされる(出典: axismag.jp)。小さく整えて保存するのではなく、根を張り枝を伸ばして育てる。伝統を「限定された宝」として囲い込まず、開かれた成長体として扱うという姿勢が、世代を超えた存続を支えている。

経営者・関係者の声

京都の老舗料亭が直面する現実として、事業承継の課題がある。京都府は100年以上の歴史を持つ企業が多く、経営者の高齢化が進むなか、全国に先駆けて事業承継支援に取り組んできたとされる(出典: 京都府)。伝統的業態は技術だけでなく長年培った感性や文化理解を要し、一人前になるまでに長い時間がかかる。

だからこそ、菊乃井も瓢亭も、承継を「個人の才能のバトンタッチ」にしない仕組みを持ってきた。髙橋氏の「店のすべての人に育てられた」という言葉は、後継者を家柄ではなく現場が育てるという現実を物語る(出典: dinos.co.jp)。

なお、個別の当主・関係者の詳細な心情や家族の事情については、本記事では公開インタビューで確認できた範囲に留めている。

学べる示唆

京都の老舗料亭の世代交代から、事業承継を意識する飲食店オーナーが読み取れる論点は三つある。

第一に、「型」を人ではなく「場」で伝える発想である。髙橋氏の言葉が示すように、名人一人の腕に依存させず、仕込みや手順を店全体の文化として持てば、代が代わっても質が保たれる。

第二に、「守るために外へ出る」選択肢だ。村田氏のアカデミー設立のように、自店の存続は業界や文化全体の健全さに支えられる。視野を店の外に広げることが、遠回りに見えて自店を守ることもある。

第三に、伝統を「凍結保存」ではなく「生きた更新」として扱うことだ。「不易流行」「盆栽ではなく大木」という言葉が示すように、守るべき根幹と、時代に合わせて伸ばす枝葉を見分ける。その見分けが、何世代も続く店の作法である。

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参考・引用元