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物語・人物

一蘭の海外展開、現地化と非妥協のバランス

仕切りの向こうから、湯気が立ちのぼる

ニューヨーク・ブルックリンの夕暮れ。木枠で仕切られた小さな席に座ると、目の前のすだれが静かに持ち上がります。湯気を立てるとんこつラーメンが差し出され、すだれは再び下りていきます。言葉はほとんど交わされません。客は一杯の丼だけと向き合います。日本・福岡で磨かれた「味集中カウンター」は、海を越えても姿を変えませんでした。一蘭はこの装置を、現地化の波にさらされながらも手放さなかったのです。本稿では、公開された報道と公式情報をもとに、一蘭の海外展開に流れる「譲るもの」と「譲らないもの」の線引きを追います。

事実の枠組み

一蘭の海外初進出は香港でした。香港特別行政区政府の発表資料によれば、一蘭は2013年7月、香港・銅鑼灣に海外1号店を開きました(出典: 香港政府新聞公報)。開業時には長い行列が続き、香港の地元メディアは連続196時間の待機記録を報じています(出典: HK01)。

米国へは2016年に進出します。博多経済新聞は、一蘭がニューヨークに米国1号店を開業し、席ごとに仕切りを設けた「味集中カウンター」を備えたと伝えています(出典: 博多経済新聞)。日本経済新聞も、ニューヨーク店が「お一人様仕様」を貫いたと報じました(出典: 日本経済新聞)。その後、一蘭はニューヨーク市内に複数店舗を展開していきます。

台湾への進出は2017年でした。プレスリリースによれば、台湾台北本店は2017年6月15日にオープンし、立地には台北101を擁する信義地区が選ばれています(出典: Value Press)。台北出店時の行列は、香港の記録を上回ったと地元紙は伝えています(出典: HK01)。

会社の出自も押さえておきます。一蘭の創業は1960年とされ、ラーメンの中央に唐辛子ベースの赤いたれを浮かべて提供した元祖と紹介されています(出典: WikipediaSB Creative ビジネス+IT)。代表取締役社長は吉冨学氏です(出典: ビジネス+IT)。

物語の核

「味集中カウンター」という思想の輸出

一蘭を一蘭たらしめている装置が、味集中カウンターです。その起源は、女性客から寄せられた「1人でラーメン店に入りづらい」「替玉を頼むところを見られたくない」という声にさかのぼると、メディアは伝えています(出典: ホットペッパーグルメ メシ通)。一号店では客席と厨房を遮る暖簾が掛けられ、博多店の開業時に初めて隣席を仕切る仕切り板が導入されたとされます(出典: 一蘭公式コラム)。

この装置は海外でもそのまま採用されました。米国の公式サイトは、味集中ブース(Flavor Concentration Booth)を「気を散らす要素を遮断し、ラーメンの味だけに全神経を注げるようにする」ものと説明しています(出典: ICHIRAN USA)。注文票に記入し、呼び出しボタンを押すと、すだれが上がって一杯が運ばれてくる。米メディアもこの体験を「世間話を試みる気配すらない」と評しました(出典: Time Out New York)。

譲った一点、譲らなかった核

海外展開で一蘭が変えたものは、ごく限られています。博多経済新聞によれば、ニューヨーク店は外国人の体格に合わせ、味集中カウンターを1席あたり約10センチ広げたとされます(出典: 博多経済新聞)。しかし同社は「日本と同じ本場・本物のとんこつラーメンを届けたい」として、味そのものは国内店舗と同じだと説明しています(出典: 博多経済新聞)。

台湾でも同じ姿勢が貫かれました。一蘭は台湾に製麺の職人を配置し、現地の気温・湿度に合わせて日々麺づくりを調整していると説明しています(出典: nippon.com)。これは味を変えるための調整ではなく、同じ品質を別の気候で再現するための調整です。「現地化」という言葉が、しばしば味を薄めたり甘くしたりする方向で語られるなかで、一蘭の調整は逆を向いています。変えるのは器の幅と製造現場の微調整であり、変えないのは味と体験の核でした。

急がない、という選択

一蘭の海外展開は、店舗数だけを見ると決して速くありません。2023年時点で、海外は9店舗目という段階でした(出典: フードリンクニュース)。香港・台湾・米国の主要都市に絞り、多くの大手チェーンが数十から数百の海外店を持つのとは対照的な歩みです。フードリンクニュースは、一蘭が「無理なスピード出店はしない」方針だと伝えています(出典: フードリンクニュース)。

経営者の声

吉冨学社長は、一蘭の戦略を絞り込みの哲学として語ってきました。

吉冨氏は商売の秘訣について「究極に絞り込むこと」だと述べています(出典: ビジネス+IT)。とんこつラーメン一本に経営資源を集中させることで、素材や製法にとことんこだわれるという考えです(出典: ビジネス+IT)。

味集中カウンターの思想についても、吉冨氏は「一杯のラーメンのみと向き合い、周りを一切気にせず召し上がっていただける環境」を考案したと紹介されています(出典: 一蘭公式コラム)。

また、那の川店以降の方針について同社は「全てのお客様に、とにかく何も気にすることなく無心でラーメンを味わっていただきたい」との思いから、暖簾と仕切りを設けたと説明しています(出典: 一蘭公式)。

これらの言葉は、海外でも一貫しています。絞り込んだものを、薄めずに運ぶ。それが一蘭の越境のかたちでした。

学べる示唆

一蘭の歩みは、海外展開に限らず、多店舗化や業態転換を考える飲食経営者にいくつかの問いを投げかけます。

第一に、「何を絶対に変えないか」を先に決めることの強さです。一蘭は味と味集中カウンターという二点を核に据え、それ以外を可変領域としました。核がはっきりしているからこそ、席幅の調整や現地の製麺対応といった柔軟さが、ブレではなく適応として機能します。

第二に、現地化は「足し算」より「同じ品質の再現」でありうるという視点です。気候の違う土地で同じ麺を出すために職人を置く、という選択は、味を現地向けに変えるのとは別の現地化です。

第三に、速度を競わない強さです。9店舗目という海外展開のペースは、品質を担保できる範囲に出店を抑えた結果といえます。拡大の速さそのものを成果と見なさない姿勢は、過剰出店による品質低下のリスクと向き合う多くの経営者にとって参照点になります。

譲らない核と、譲る周縁。その線引きの明快さこそ、一蘭が海を越えても一蘭であり続ける理由なのかもしれません。

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参考・引用元