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業態深堀

とんかつ・天ぷら専門店の経済

はじめに:一枚のカツに詰まった経済学

とんかつと天ぷらは、揚げるという一点で業態を成立させてきた専門店です。店内に漂う油の香り、ジュッという揚げ音、衣が立つ瞬間の判断。この職人技がそのまま商品価値になる一方で、原価と光熱費を直撃するのも揚げ物特有の宿命です。豚肉とパン粉、海老と油、いずれも近年の高騰で利幅が削られ続けています。それでもインバウンドの追い風を受け、専門店の存在感はむしろ増しています。この記事では、揚げ物専門業態の収益構造を数字で解きほぐし、大手チェーンと個人店の戦い方の違いまで踏み込みます。先輩経営者として、現場で使える視点をお渡しします。

市場規模と現状:揚げ物専門店が立つ土俵

まず全体像を押さえます。日本フードサービス協会の推計によると、2023年の外食産業市場規模は24兆1512億円で、前年比20.2%増まで回復しました(日本フードサービス協会)。2024年の外食売上は前年比108.4%と、価格改定による客単価上昇が市場を押し上げています。経済産業省のFBI指標でも、飲食店・飲食サービス業は3年連続の上昇を記録しました(経済産業省)。

とんかつ・天ぷらが属する「食堂、レストラン」を含む区分は14兆円超と、外食市場で最大のボリュームを占めます。ここに揚げ物専門店という土俵が立っています。注目すべきはインバウンドの引きです。天ぷらは寿司と並ぶ訪日客の定番で、とんかつも「食べたい和食」の上位に入ります(クックパッドニュース)。塩で食べるスタイルやフルコース化が外国人に受け、都心の専門店には行列が生まれています。揚げ物専門店は、国内のランチ需要と訪日需要の二刀流で戦える業態だと言えます。

収益構造:原価率・客単価・FL比率の目安

ここからが本題です。飲食店全体のFL比率(食材費+人件費)は、Food35%+Labor25%で計55%以下が望ましい目安とされます(マネーフォワード クラウド)。家賃を加えたFLR比率は70%以下が一つの線です。揚げ物専門店はこの平均よりやや事情が厳しくなります。

とんかつの原価率は一般に35〜40%とされ、外食平均の30%より高めです。理由は明快で、味が肉質に直結するため安い豚肉に逃げにくいからです。ロースとヒレが主役で、脂と赤身のバランスがロースの魅力、きめ細かさがヒレの価値です。個人店では1食あたり350〜400円の食材費がかかるという目安もあります(ぐるなび通信ほか各種コラム)。客単価は店格でくっきり分かれます。高級専門店で2,000〜3,000円、中級で1,500〜1,800円、大衆店で1,000円前後、ランチサービスで700円前後が相場です。

天ぷらはさらに変動が激しい業態です。海老や穴子といったネタの単価が高く、仕入れ相場で原価がぶれます。一方でかき揚げや野菜天は原価が低く、メニュー全体で原価をならす設計が効きます。だからこそ専門店では、高原価のネタと低原価のネタを組み合わせたコース構成が収益のカギになります。客単価 baseで考えるなら、月次PLとABC分析で「どのネタが利益を運んでいるか」を可視化することが、揚げ物業態では特に重要です。

運営課題:油・廃油・揚げ場の技術

揚げ物専門店の経営は、油との戦いそのものです。

第一に油の高騰です。日清オイリオは2024年10月、業務用・加工用バルクで7〜10%の値上げを実施しました(食品新聞)。円安、バイオ燃料需要、物流費が要因で、揚げ物業態にとっては原価率を直撃する打撃です。帝国データバンクの調査では、飲食店の94.6%が仕入れ価格上昇に直面しており、全業種で最も高い水準でした(グロースコンパス)。揚げ油は使えば酸化し、定期交換が必須です。交換頻度とコストの管理が、利益を左右する地味で重い変数になります。

第二に廃油です。かつてはコストでしかなかった廃食用油が、いまは資源に変わりつつあります。SAF(持続可能な航空燃料)の原料需要が世界で急拡大し、廃食用油の取引価格は上昇傾向にあります(オイルビーズ)。回収業者を通じた廃油の売却は、わずかながら収益化の余地が生まれています。揚げ場を持つ専門店にとって、廃油は「捨てるコスト」から「回収される資源」へと位置づけが変わってきました。

第三に揚げ場の技術です。とんかつは170〜180℃で揚げ、低温で火を通してから高温で衣を立てる二度揚げが基本です。天ぷらは素材ごとに打ち粉、油温、揚げ時間を変える「対応力」が問われ、海老なら水分が弾ける音を合図に引き上げます(日清製粉グループ)。この職人技は人に宿るため、人件費率を下げにくく、育成にも時間がかかります。揚げ場は業態の心臓であり、同時に人手不足の最前線でもあるのです。

大手チェーンの動き:かつや・てんやの戦い方

大手は規模とオペレーションで揚げ物の難しさを攻略しています。

とんかつ業態の代表は「かつや」を展開するアークランズです。一般的な専門店が客単価1,000円超なのに対し、かつやは大衆価格で専門店品質を出す設計を貫きます。2025年12月期末の国内店舗数は506店、フェアやキャンペーンで客数を堅調に保ち、通期で売上高102.9%、客単価104.1%と単価上昇で増収基調を維持しました(アークランズIR)。グループ全体では営業利益193億円規模を見込みます。標準化された仕込みとセントラルキッチン的な供給体制で、揚げ場の属人性を抑えているのが強みです。

天丼業態の代表はロイヤルHD傘下の「てんや」です。天丼で全国展開できた唯一のチェーンとされます(ITmedia)。ただ近年は原価圧力が顕著で、2024年11月と2025年2月に連続で値上げし、天丼は590円から620円へ改定されました。64品中60品の値上げという規模感が、米と海老と油の高騰の重さを物語ります(流通ニュース)。チェーンといえども、揚げ物の原価構造からは逃げられないのが実情です。

このほか「さぼてん」を展開するグリーンハウスは全国約70店をチェーン展開し、デパ地下の惣菜・弁当も収益源にしています。「まい泉」はサントリーグループの一員として、レストランに加えエキナカやスーパー向けのカツサンド・惣菜で販路を広げました。大手の共通解は、店内飲食だけに頼らず物販・テイクアウトで揚げ物の価値を多角的に売ることです。

個人専門店の生存戦略:チェーンと戦わない

個人店が大手と同じ土俵で価格を競っても勝ち目は薄い、というのが現実です。J-Net21の業種ガイドでも、個人の単独店が苦戦するなか大手が積極出店を進める構図が指摘されています。では、個人店はどこで戦うのか。

答えは「チェーンが踏み込めない領域」です。第一に銘柄豚です。平田牧場の三元豚や金華豚のような希少なブランド豚を使い、肉の物語を価値に変える。標準化を強みとする大手には、希少素材の個体差を捌く柔軟さがありません。第二に揚げ立ての一体感です。カウンターで揚げて出す天ぷら専門店の体験は、回転率を犠牲にしても客単価2,000〜3,000円を成立させます。第三に高級化です。塩で食べるスタイルやコース仕立ては、インバウンドと記念日需要を取り込み、原価率の高さを単価で吸収します。

つまり個人店の生存戦略は、原価率を下げる方向ではなく、原価率の高さを正当化できる体験価値を積み上げる方向にあります。「原価率至上主義を疑う」という名店の哲学は、ここに通じています(てんぷら近藤・東洋経済オンライン)。

将来の方向性:揚げ物業態はどこへ向かうか

これからの揚げ物専門店を左右する変数は三つです。

一つ目は原価の構造的な高止まりです。油・豚肉・海老・米のいずれも、円安と世界需要を背景に簡単には下がりません。値上げを前提に、原価率の高いネタと低いネタを組み合わせた「設計された価格」で利益を守る発想が要ります。二つ目は省人化と職人技の両立です。揚げ場の属人性をどこまで仕組みで支え、どこを人の技として残すか。フライヤーの進化や仕込みの外部化が、人件費率の改善余地を生みます。三つ目はインバウンドと物販です。店内飲食に廃油リサイクルやテイクアウト、海外展開を重ね、揚げ物の価値を多面的に現金化する流れは続きます。

揚げ物専門店は、原価が重い代わりに、職人技と体験で差別化しやすい業態です。この両面を経営者がどう設計するかが、次の10年を分けます。

経営者への示唆:数字で揚げ場を見る

最後に、現場で明日から効く視点をまとめます。

まず自店のFL比率を月次で把握してください。揚げ物業態は原価率が35〜40%に振れやすく、平均より重い前提で損益分岐点を引き直す必要があります。次にメニューのABC分析です。高原価の海老やヒレが利益を運んでいるのか、低原価のかき揚げや野菜天が支えているのかを数字で見れば、価格改定の打ち手が変わります。そして油のコスト管理です。交換頻度、廃油の回収価格、フライヤーの効率を一度棚卸しすれば、見えていなかった漏れが浮かびます。

大手は規模で、個人店は体験で戦う。どちらの道を選ぶにせよ、揚げ場という心臓部を数字で見える化することが出発点です。客単価と回転率、原価率と人件費率の四つの目安を握れば、揚げ物専門店の経営は確かな手応えに変わります。

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参考・引用元